カフェ初心者がタリーズでお洒落にエスプレッソを飲もうとした話
先日、僕は妻と仕事終わりに待ち合わせをしていた。
待ち合わせ時刻まで余裕があったので、タリーズコーヒーに寄ってちょっとお洒落に過ごしてみることにした。
店内に入りメニューを眺める。アイスティラミスカプチーノ、メープルハニートーストラテ、ミルキーフラットホワイト…やたら長いきゃぴきゃぴした横文字がメニュー表の上で踊っていた。
こういった名前の長い飲み物を何個か注文したら、注文確認の復唱が早口言葉みたいになりそうだ。ふとそんな考えが脳裏に浮かんだ。
こちらが注文する時点で早口言葉みたいになるので、注文者とタリーズ店員との早口言葉バトルと言っても過言ではない。
メニューから視線だけを上げ、ちらりと店員の顔を伺う。
おそらく大学1年から2年生くらいであろう若さ。であれば経験も浅いに違いない。前に並んでいた人への注文対応でも、熟練といった印象はなかった。
この勝負、勝てる。
しかし、たった1人でたくさんの飲み物を頼んで怪訝な顔をされるリスクが付きまとう。複数の飲み物を頼んで怪しくないのは家族が先に席に座って待ってるお父さんか夏場のデブくらいだ。残念ながら僕はそのどちらでもなかったし、そもそもここでそんな勝負を仕掛ける意味も分からなかった。
勝負は一旦預けることにして、ここからは本来の目的である「空いた時間をお洒落に過ごすこと」を目指していく。そのためにはメニュー選択が非常に重要だ。
Macでも持っていれば注文で多少のミスをしたところでそれを補って余りあるお洒落力を得られるのだが、あいにくそんなものは持ち合わせてなかった。
ここがスタバでなくタリーズであることも難易度を上げていた。
新作のアイスティラミスカプチーノにするか。
しかし、上に粉が振ってあるタイプは勢いで粉を一気に吸い込んでしまってむせる可能性を排除しきれない。
メープルハニートーストラテ。
ちょっと甘過ぎる予感がする。
カフェラテはスタンダード過ぎるし、ソイラテは昼に豆乳飲んだからちょっとな…。
そんな中、メニュー表から僕の目に希望の光が射し込んできた。
エスプレッソ
短く無駄の無い言葉、その文字列からはどこか高貴な雰囲気も漂わせている。
そしてなにより「分かってる人」が飲む感じがしてかっこいい。
これだ。これしかない。
前半妙なことを考えていたせいで、既にメニュー選びにすごく迷ってる人みたいなオーラが出てしまっている。
本来であれば「いつもの」を頼む感覚でスタイリッシュかつスマートに注文を済ませなければならないところである。
「これは痛い減点ですね」
脳内解説の正木さんも顔をしかめて苦言を漏らしている。
「エスプレッソで」
失点を取り戻すかのように、速やかに、でも噛まないように丁寧に言葉を紡ぐ。
僕からのボールは投げられた。
これでこちらのターンは終わり、次は店員の出番となる。
お会計カードを切ってくることは容易に予想がつくので、それを見越して財布を取り出す。
「…シングルでよろしいですか?」
( -_・)?
ポケモンバトルに敗れたサトシ並みに目の前がまっくらになってテンパってしまったのでうろ覚えだが、そんな感じのことを聞かれた。
メニュー表にはエスプレッソの後にシングルとダブルの文字が存在した。エスプレッソという文字列の輝きに目が眩み、完全に見落としていたのである。
シングル?
ダブル??
エスプレッソを飲むのは実は人生初だったので、何を言っているか分からなかった。
しかし、店員に解説を求めることはできない。
「いつもの」を頼む感覚でエスプレッソを頼むから格好がつくのであって、ここで「シングル?ダブル?って何ですか??」と尋ねればよく知りもしないまま背伸びして初めてエスプレッソを頼む高校生みたいな感じになってしまう。
しかも僕は高校生ではなくアラサーのおっさんである。高校生ならまだ可愛げがあるが、おっさんだと辛さしかない。
「あっ、ダブルで」
焦りが出たのか「あっ」から始まってしまった。『なんでお前らって「あっ」で喋り始めるの?小林製薬かよ』というスレタイが頭に浮かび恥ずかしさと懐かしさで微妙な気持ちになる。
代金の支払とエスプレッソの受け取りを終えて、席に着く。戦いを終えて、ソファー席に腰かける。
人生初のエスプレッソは、ほろ苦かった。